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2018/1/25
匠の緑茶Story
緑茶が生まれてまだ280年

緑茶というと、昔から今の
緑色のお茶=煎茶だったと思っていませんか?

実は、煎茶が誕生したのは江戸時代中期の1738年、
暴れん坊将軍で有名な八代将軍吉宗の時代。
今から280年前ですから、
そんなに古いものではないのです。

それ以前は、お茶と言えば
武家や公家などの富裕層では抹茶のこと。
一般庶民は、荒い製法の茶葉を煮出した
煎じ茶を飲んでいました。
これは赤黒くて香りも味も薄い、
粗末なものだったようです。

そこで
「庶民でも飲めるおいしいお茶をつくろう!」
と立ち上がったのが宇治の
永谷宗円(ながたにそうえん)さん。
お茶漬けで有名な永谷園の創業者です。

永谷宗円さんは、若葉だけを摘み取り、蒸した後、
揉みながら乾燥させる製法を開発。
15年の歳月をかけて「青製煎茶」を完成させました。
加熱して茶葉の発酵を抑えることで、今のような
甘味と旨味のある緑色のお茶を実現したのです。

しかし、地元の京都でお茶と言えば抹茶のこと。
揉んだお茶など受け入れてもらえなかったようで、
販路を江戸へ求めます。

当初は江戸でも、従来のお茶と見た目も味も違う煎茶は
なかなか売れなかったようですが、そこに現れたのが
日本橋の茶商、山本嘉兵衛さん。
こちらは、海苔で有名な山本山のご先祖さまです。

山本嘉兵衛さんがこのお茶の価値を認め
「天下一」と名づけて販売したところ、
たちまち江戸中の評判に。

商売は大いに繁盛し、山本家はそのお礼に永谷家へ
明治になるまで毎年小判25両を贈り続けた
というのですから、どれだけ
センセーショナルだったかが伺われます。
参考/永谷園の舞台裏

世の中には、
新しいものをいち早く取り入れる改革者(約2.5%)、
改革者の出現を見て動き出す先駆者(約13.5%)、
流行ってから取り入れる従属者(約68%)、
新しいものを否定する拒否者(約16%)
がいると言われています。

新しいものはなかなか受け入れられないのが世の常。
でも諦めず、信念を持って続けることで、
改革者と出会い奇跡が生まれるということですね。

永谷宗円さんが偉かったのはこれだけではありません。
この新製法を独り占めせず、
多くの人に惜しみなく教えました。
おかげで煎茶は全国に広がり、
幕末になると生糸と並んで
日本を代表する輸出品となっていったのです。

このように緑茶の歴史はまだそれほど古くなく、
飲み方も煎茶を急須で淹れる
一般的な方法しか知られていません。

コーヒーは現在、
サードウェーブが起きているようですが、
緑茶はセカンドウェーブも起きてない、
つまり魅力が広まりきっていないと言えます。

緑茶、再発見!
どんどん新しい魅力をお伝えしていきたいと思います。


MIKI